衝撃走る!Phase One Japanがmamiyaを買収!

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フェーズワンジャパンが2015年12月1日付けでマミヤ・デジタル・イメージングを買収したそうです。果たしてマミヤはどうなるのか!?

現在mamiyaのwebサイトでは告知文が掲載され、Phase One Japanのwebサイトへのリンクが貼られています。今回はそんなマミヤの歴史を振り返ってみたいと思います。



■mamiyaの成り立ち


マミヤの創業者で発明家の間宮精一が1940年に、「マミヤシックス」を設計・発売したのが始まり。

間宮精一の父は発明家の間宮勝三郎で、静岡県伊豆の国市大仁で木屋呉服店等様々なビジネスを営んでいた。発明家でもあり生涯に計算機や金庫で30件程特許や実用新案を登録している。

1919年(大正8年)間宮式金庫を発明し同年間宮堂を創業しその事業に専念するようになった。甥は有名だった将棋棋士六段の間宮純一。

マミヤシックスは距離計連動式スプリングカメラで、レンズ固定、6×6cmの中判カメラです。他のカメラは一般にレンズを前後に動かして焦点調節を行いますが、マミヤシックスシリーズではフィルム面を前後に動かすバックフォーカス方式を採用しているのが珍しい点です。

戦争激化に伴い一時製造中止されましたが戦後復活、1959年12月まで製造されました。日本がアメリカ占領下にあった時期に生産されたモデルには「Made in occupied Japan」と刻印された個体があります。

機種名表記は当初「MAMIYA-SIX」でしたが、マミヤシックスIV型以降は「MAMIYA-6」となっています。

マミヤシックスの後、間宮精一が16mmフィルム使用の超小型カメラ「マミヤ16」を開発し1949年に発売。1957年には世界初レンズ交換式6×6cm判二眼レフカメラ「マミヤCシリーズ」を開発。1960年にあの有名な6×9cm判プレスカメラ「マミヤプレス」を発売します。

マミヤプレスはレンズ交換式6×9cm判レンジファインダーカメラで、シンプルな機構の機械式カメラなだけありカスタマイズ性が高くかつ壊れ難かったため、営業写真館・建築写真・風景写真用など幅広い用途に使われました。

1970年にはレボルビングバッグ機構を備えた6×7cm判一眼レフ「マミヤRB67」を発売。マミヤRB67は6×7cm判一眼レフカメラ。レボルビング機構が採用され画面の縦横の切り替えが簡単にできる(RBはレボルビングバックの意味)。二眼レフのマミヤCシリーズ譲りのラック・ピニオン式焦点調節を採用しているため中間リングなしでかなりの接写ができる。

1975年6×4.5cm判の一眼レフ「マミヤM645」を発売、1982年にRB67を電子化した「マミヤRZ67」を発売。

マミヤRB67シリーズを電子化した機種で、基本的な仕様はマミヤRB67シリーズに準じる作りでしたが、電子回路により絞りとシャッター速度・測光データが自動、別売のAEプリズムファインダー使用時には測光もスポット測光と平均測光と選択でき連動するのが売りでした。

中判カメラはある程度のシェアをもっていたマミヤでしたが、一方で35mm判カメラに関しては国内向けには弱く、頻繁にレンズマウントが変わっていました。

mamiya 7

その後も有名なマミヤ645やマミヤ7を発売し一部のプロアマに熱烈な支持を受けながらも、35mm判からは撤退、中判カメラに専念していたマミヤでしたが、2006年4月、マミヤ・オーピーはコスモ・デジタル・イメージング株式会社へ光学器械製造部門の「マミヤ株式会社」を含む光学器械関連部門を譲渡。

2006年9月1日コスモ・デジタル・イメージング株式会社がマミヤ・デジタル・イメージング株式会社に名称を変更しました。

2007年からは大判カメラ用レンズの有名ブランド、シュナイダー・クロイツナッハ及びアルパ・キャパウル&ウェバーの代理店業務を開始しており、これまでの旧マミヤの光学器械器具関連の製品だけでなくシュナイダー製レンズ・アクセサリーや、アルパ製中判カメラ「アルパ12」及び専用レンズなどの取り扱いを開始しました。

2007年11月13日にはフェーズワンとデジタル分野における業務提携を締結、2008年第一四半期に両社の技術を融合させ、新型の中判デジタルバックシステムを発表しました。

2011年4月、マミヤ・デジタル・イメージング株式会社は、フェーズワン社、リーフ社(Leaf Medium Format Photography)との3社提携製品であるマミヤ645DFカメラ、DMデジタルバック、AFレンズ群の日本国内販売業務を全てフェーズワンへ移管しました。

 

■マミヤ、それは心のふるさと


今回完全にマミヤ・でジタル・イメージング株式会社はフェーズワンに吸収されることとなったわけですが、最後までレンズ交換式中判フィルムカメラを製造していたマミヤが買収されたことで、遂にレンズ交換式中判フィルムカメラは中古市場だけになってしまうのかも知れませんね。

それにしてもどの会社も終わるときはひっそりと寂しい終わり方をするもので、切ない限りです。

 

参考:wikipedia
画像:Phase One,wikipedia

Reported by 山﨑将方