史上初めて日本人を撮影したカメラマンはどんな人?

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時々「山崎將方のブリリアントってなんですか?」と聞かれます。ちゃんと意味があるのですが教えません。

田中光儀像
画像:Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%86%99%E7%9C%9F%E5%8F%B2)

フォトマスター検定の予想問題です。合格目指してさっそく問題です!フォトマスター検定勉強法も掲載しています。参考にして頂ければと思います。

難易度:1級レベル

問:「現存する最古の日本人肖像写真」を撮影したとされる人物は誰か?次の中から選べ。

① 島津斉彬
② 上野俊之丞
③ エリファレット・ブラウン・ジュニア

正解はこのあとすぐ!



■正解は③(エリファレット・ブラウン・ジュニア)


正解は③のペリー艦隊従軍写真家、エリファレット・ブラウン・ジュニアでした。アイキャッチ画像が彼が撮影した最古の日本人肖像写真の一枚、田中光儀像となります。

では、日本写真史を年表にして解説いたします。

日本写真史年表
  • 1843年:オランダ船により長崎に日本に初めて写真機材(ダゲレオタイプカメラ)が持ち込まれる。この時、長崎の御用商人であった上野俊之丞(うえのしゅんのじょう)が写真機の図を写し取るが、機材はオランダに持ち帰られることになる。
  • 1848年:再び銀板写真器具一式がオランダ船に因って長崎に持ち込まれ 上野俊之丞から薩摩藩第11代藩主、島津斉彬の手に渡る。
  • 1851年:蘭学者である川本幸民と、薩摩藩士の市来四郎等が銀板写真の研究を始める。
  • 1852年:飯沼慾斎、大鳥圭介、佐久間象山が銀板写真の研究を始める。
  • 1854年:ペリー艦隊の従軍写真家エリファレット・ブラウン・ジュニア(Eliphalet Brown Jr.)が日本上陸、風景や地元住民を撮影した。(※ここが問題の正解部分となります

エリファレット・ブラウン・ジュニアはその後、

  1. 松前勘解由と従者像:縦15.3cm×横 12.0cm(北海道松前郡松前町所有)
  2. 田中光儀像:縦11.8cm×横9.3cm(個人所有)
  3. 黒川嘉兵衛像:縦15.4cm×横12.0cm(個人所有)
  4. 遠藤又左衛門と従者像:縦15.4cm×横12.0cm(神奈川県横浜市)
  5. 石塚官蔵と従者像:縦15.4cm×横12.3cm(個人所有)
  6. 名村五八郎像:縦10.5cm×横8.0cm(ビショップ博物館所有)

などを撮影する。

  • 1857年:9月17日、市来四郎等が薩摩藩主島津斉彬を銀板写真での撮影に成功する。(日本人による現存する最古の肖像写真)
  • 1859年:前田玄造、古川俊平、上野彦馬等がフランス人写真家のピエール・ジョセフ・ロシエ(Pierre Joseph Rossier)から湿板写真術を学ぶ。
  • 1860年:中国で写真館を経営していたオリン・フリーマン(Orrin Erastus Freeman)が横浜で日本最初の写真館を開いた。
  • 1861年:フリーマンの機材一式を購入した鵜飼玉川が江戸薬研堀で日本人による最初の写真館を開く。
  • 1862年:下岡蓮杖が写真家であり貿易商でもあるジョン・ウィルソン(John Wilson)から機材を譲り受け、横浜で写真館を開業。同年、上野俊之丞の次男である上野彦馬が来日した写真家ピエール・ロシエ(Pierre Joseph Rossier)から、本格的に湿式写真を学び上野撮影局を開業。後に坂本龍馬の肖像写真を撮影する。

要約しますと、

  • 1848年:上野俊之丞が日本に写真機を輸入
  • 1851年:市来四郎等のチームが写真機の研究を始める
  • 1854年:エリファレット・ブラウン・ジュニアが日本人を初めて撮影する
  • 1857年:9月17日に市来四郎等が島津斉彬の撮影に成功する
  • 1860年:オリン・フリーマンが日本初の営業写真館を開業
  • 1861年:鵜飼玉川が日本人初の営業写真館を開業
  • 1862年:下岡蓮杖と上野彦馬が写真館を開業する

となります。

エリファレット・ブラウン・ジュニアは日本上陸後、地元住民や日本の風景を写真に収めましたが、そちらはその後その写真が所蔵していた博物館が火災に遭い焼失したとのことで、現存する最古の日本人の肖像写真は、松前勘解由と従者像、田中光儀像、黒川嘉兵衛像、遠藤又左衛門と従者像などになります。

 

■日本人初の商業写真家は上野彦馬や下岡蓮杖ではない?


以前は上野俊之丞が島津斉彬を撮影したのが日本人による初の肖像写真撮影であると言われていましたが、上野俊之丞は写真機を輸入しただけで、現在では実際に島津斉彬を撮影したのは薩摩藩士である市来四郎を中心とした、薩摩藩内の写真機研究チームだったと考えられています。

また市来四郎らの撮影が行われ、島津斉彬の写真が撮られたのが1857年9月17日ということも判明しており、これはエリファレット・ブラウン・ジュニアが日本人を撮影した3年後となります。

島津斉彬
画像:Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8)

「下岡蓮杖」と上野俊之丞の子である「上野彦馬」は坂本龍馬などの著名人を撮影した事、開業時期が早かった事などから「日本営業写真館の開祖」と言われますが、実際にはこの二人より1年先んじて1861年に「鵜飼玉川」が江戸薬研堀で写真館を開業しているため、現在では日本人初の商業写真家は鵜飼玉川であると考えられています。

 

■本当の写真の日は9月17日?


現在6月1日が写真の日とされていますが、天保12年(1841年)6月1日に初めて日本人により写真撮影がなされた(島津斉彬を写した)とされていたためで、この6月1日を「写真の日」としました。

しかし、その後間違いであることが判明し、現在では上の年表でもあるように、正しくは1857年(安政4年)9月17日であったとされています。ただ一旦定めたこともあり、そのまま6月1日が「写真の日」とされています。

 

参考:一般財団法人 日本カメラ財団,Wikipedia,古寫眞館
画像:Wikipedia

Reported by 山崎將方



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