今回はこの10年近くの間カメラ業界の話題の中心となり続け、そして今、そのブームに終わりを告げようとしているソニーEマウントについて、ソニーのカメラ業界における功績と罪過を総括したいと思います。
(当時)家電業界から、保守的なカメラ業界に本気で戦いを挑み、イメージセンサーを核とした革新的技術によって時代の寵児となってカメラ業界を牽引してきたソニー。
しかしそのαの熱狂が今、終焉の時を迎えようとしています。
- ソニーの躍進
- カメラ業界の凋落がソニーに追い風を吹かす
- ついに訪れたソニーαの黄金期
- ソニーの凋落
- フルサイズミラーレスというブルーオーシャンの終わり
- 奪われていくフルサイズミラーレス市場でのシェア
- ソニーがカメラ業界にもたらした功績と罪過
- 技術革新によってカメラ業界を進歩させた功績
- 業界の住み分けを崩壊させた罪過
- 業界に創造と破壊をもたらしたソニーの未来
果たしてソニーがカメラ業界にもたらした物はなんだったのか?
■ソニーの躍進
カメラ業界の凋落がソニーに追い風を吹かす
この数年間、カメラ業界の話題の中心となりカメラ業界を牽引してきたのは間違いなくソニーだったでしょう。
先進的なイメージセンサーを自社に限らず多くのカメラメーカーに供給してきました。
またカメラ業界の凋落とともに、普及価格帯のレンズ交換式カメラの売り上げが低迷、相対的にフルサイズ機に代表される高付加価値製品へと業界全体がシフトしていったことが、フルサイズミラーレスに注力し続けたソニーに、大きな成功をもたらしていきます。
ついに訪れたソニーαの黄金期
ソニーは徹底して「カメラの未来はフルサイズ+ミラーレスにある」と説き続け、やがてメディアの側も、
- フルサイズ市場において
- フルサイズミラーレス市場において
といった限定的なカテゴリーのシェアを語るようになります。
結果、フルサイズミラーレス市場を事実上独占していたソニーだけが凋落する業界において将来性があるかのように錯覚させる結果となりました。
もちろん実際にはそのソニーも年々カメラの出荷台数を減少させてきたのですが、
- フルサイズミラーレスだけが業界の希望
- フルサイズミラーレスといえばソニー
というイメージが、ソニーのカメラ事業だけは好調であるという幻を見せ、その幻につられて実際にカメラマニアたちのソニーEマウントへの移行が始まります。
そしてソニーは他の多くの競合メーカーを次々と台数または金額ベースで抜き去り、2015年〜2019年あたりまで、まさにソニーαは黄金期と呼べる時代を迎えるに至りました。
■ソニーの凋落
フルサイズミラーレスというブルーオーシャンの終わり
しかし2019年頃から風向きが変わり始めたことを知ることになります。その最大の要因となったのは、競合他社までもがフルサイズミラーレス市場に参戦してきたことでした。
しかしこの遠因を作ったのは他ならぬソニー自身であり、それはソニーが作り上げた「フルサイズミラーレスにあらずんばカメラにあらず」というイメージでした。
つまり、これからのカメラはフルサイズミラーレス以外は需要がないというソニー自身の宣伝戦略が成功しすぎてしまったのです。
ソニーはフルサイズミラーレスは自社の独占状態、また最大の強みであることを強く意識していました。
そしてその強みを活かすべく、カメラはフルサイズミラーレス時代にという趣旨の宣伝戦略を徹底して打ち続けました。
その結果あらゆるメーカーがソニーを追随してフルサイズミラーレスという救命ボートに我も我もと乗り始めたのです。
ライカが存在していたとはいえ、事実上ソニーの独占状態にあったフルサイズミラーレスという市場に、キヤノン、ニコン、パナソニック、シグマという競合他社が相次いで参戦、富士フイルムも中判ミラーレスというジャンルで参加することになります。
結果、ソニーだけのブルーオーシャンであったフルサイズミラーレスの市場は、激減していくカメラ市場の中の、さらにわずかな高級機市場で奪い合う壮絶なレッドオーシャンへと変わっていたのです。
奪われていくフルサイズミラーレス市場でのシェア
マーケティング会社BCNによると、ソニーのフルサイズミラーレスの市場シェアは2018年にはほぼ100%でしたが、2020年現在では43.9%まで下落しています。
わずか2年でソニーのフルサイズミラーレスのシェアは半分以下になってしまい、いまではキヤノンに抜かされる一歩手前となっています。
そしてもう一つ重要な問題は、ソニー自身がフルサイズミラーレスにばかりに注力し、「フルサイズミラーレス以外は将来性がない」というイメージを浸透させてしまったために、自分自身の逃げ場をも潰してしまったことにあります。
ソニーはカメラ業界のトップブランドを目指していたのでしょうし、それを狙えるポテンシャルがある程度あったのかもしれません。
しかし、そもそもそれを狙うべきではありませんでした。
ソニーは最初にオリンパス、パナソニックのマイクロフォーサーズを潰しにかかり、次に長らく業界のシェア2位だったニコンを徹底的に叩く戦略に出ました。
しかし叩かれシェアを落としたメーカー側が「このままでは生き残れない」と判断すれば、違うジャンルに打って出るしかなくなります。
だからパナソニックもニコンもシグマもフルサイズミラーレスという市場に、富士フイルムは中判ミラーレスという形で、事実上ソニーと競合する「ラージフォーマットミラーレス」という市場に参加してきたのです。
ソニーはAマウント時代に苦戦しミラーレスへ移行、しかしその先でもマイクロフォーサーズ陣営+カメラ女子ブームによって思ったほどの成果が得られず、唯一無二のフルサイズミラーレス市場に活路を見出しました。
しかし、そこで成功しすぎてしまったためにソニーは自ら「フルサイズミラーレスこそ縮小するカメラ市場における箱舟だ!カメラマニアたちよ、さあ、Eマウントへ!」と猛烈に喧伝してしまったわけです。
それがソニーが開拓したフルサイズミラーレスというニッチな市場に、カメラマニアだけでなく、競合他社まで進出せざるを得ない状況を作ってしまいました。
どこもかしこもがラージフォーマットのミラーレス市場に軸足を移したとき、「フルサイズミラーレスを使えるのはソニーだけ」というソニー最大の価値はこの時消滅してしまったのです。
その結果フルサイズミラーレス市場のシェアわずか2年で半分以上失うという、自分で自分の首を絞める結果につながったわけです。
そもそも戦略的にはαはカメラ市場のトップブランドを目指すべきではありませんでした。一眼レフ時代のように全てのメーカーが同じ市場で競合したなら、時間の問題でソニーはAマウントの二の舞になるからです。
ソニーがEマウントで目指すべきだったのは、業界シェアトップなどではなく、「主流のシステムではないけれど、カメラマニアには信者が多いブランド」という位置であったように思います。
フルサイズミラーレスはあくまでもマニア向け、しかしマニアにこそ使って欲しいというイメージづくりをし、ソニーだけのブルーオーシャンを守るべきでした。
しかしもうこうなってはキヤノンに抜かれるのにそれほどの時間はかからないでしょうし、他のメーカーにもじわじわとフルサイズミラーレス市場でのシェアを削られ続けていくでしょう。
■ソニーがカメラ業界にもたらした功績と罪過
技術革新によってカメラ業界を進歩させた功績
ソニーがカメラ業界にもたらした最大の功績は、何と言ってもイメージセンサーの劇的な進化であったでしょう。
超高画素センサーや超高感度耐性センサーをはじめ、特にイメージセンサー関連ではソニーが業界を牽引していたことは間違いありません。
言い換えれば、ソニーがいなければカメラ業界の画質向上はもっと遅かったはずです。そうした意味でソニーの功績は大きいでしょう。
また、意欲的なフルサイズ低画素機なども発売し、高解像・高感度耐性双方の価値を啓蒙したという点もあります。
かつて「写真はレンズで決まる」と言われていました。
しかしこの10年間、最もカメラマニアたちに語られたテクノロジーは間違いなくイメージセンサー関連であったでしょう。
業界の住み分けを崩壊させた罪過
対してソニーがカメラ業界にもたらした害悪とはなんだったのでしょうか?
ソニーにとって唯一最大のアピールポイントはフルサイズミラーレスというコンセプトにありました。
それゆえにフルサイズ「かつ」ミラーレスであること、これだけが将来性のあるカメラシステムであるという趣旨の宣伝戦略をとってきたことはすでに申し上げた通りです。
そしてまずはオリンパス・パナソニック(Gマウント)といった、フルサイズセンサーを搭載できないマイクロフォーサーズ陣営がソニーによって駆逐されていきました。
カメラ需要が低下し一般人がカメラを使わなくなり、マニアだけが残っていったこともあって、フルサイズ機の比率が上がっていったこともこれを後押ししました。
次に、このソニーのフルサイズミラーレスこそがカメラの未来というアピールは、言い換えれば、「フルサイズであってもミラーレスでなければ将来性はない」ということでもありました。
そのために、キヤノン・ニコンのフルサイズ一眼レフ機の市場も侵略することになりました。
カメラ業界は長い間、キヤノン・ニコンを中心としつつ、それ以外のブランドもそれぞれのメーカーの個性を保ちながら、一定の支持を保って共存してきました。
もちろんカメラ業界全体の不振も大きく影響したとはいえ、ソニーが道筋をつけたフルサイズミラーレス市場への一極化が急速に進んだことによって、
- 一眼レフマウント
- フルサイズセンサーを搭載できないミラーレスマウント
この二つの形態は急速に行き場をなくし、新マウントの開発にリソースを割けないオリンパスやペンタックスは事実上振り落とされてしまいました。
それぞれのブランドの個性を活かし、シェアの差はあっても各ブランドが生き残るということは、もう出来なくなってしまったわけです。
もちろんソニーが自社製品の魅力をアピールしていくことは当然のことなのですが、そのアピールには「うちの製品にはこのような魅力がある」という趣旨というよりは、どちらかというと他社潰しの宣伝戦略、具体的には「Eマウント以外には将来性がない」「フルサイズミラーレスでなければ価値がない」という内容のものが多く見受けられたように思います。
本来カメラ業界は長年トップブランドの地位であるキヤノンに対し、その他メーカーで共闘して挑んでいくという姿勢で丁度バランスが取れる程度のものです。
選挙で野党が共闘するのと同じようなものです。
しかし、なぜかソニーは本来戦うべきキヤノンではなく自社センサーを買ってくれているメーカーを積極的に攻撃するというわけのわからない戦略を取ってしまったために、
- キヤノン vs ソニー+他メーカー
- ソニー vs 全メーカー
理想的な1の形にはならず、全方位敵に回す2の形となってしまってしまいました。
そしてソニーが必死になってニコンやマイクロフォーサーズ陣営と戦っている間に、各社がフルサイズミラーレスの開発に躍起になり、キヤノンもまた従来のEFマウントの顧客を十分に保ったままの状態でRFマウントへの開発を間に合わせてしまいました。
つまりソニーはソニー自身で四面楚歌の状態を作り上げていったわけです。
業界に創造と破壊をもたらしたソニーの未来
デジタルカメラにおける三大要素は、
- メカ
- 光学
- 電気
です。もちろんその中で更に細分化されて様々な重要技術があるのですが、ざっくり分ければこの三つです。
そしてソニーはそのうち「電気」に関しては全メーカーでもトップと言えるでしょう。そして「光学」においてもトップクラスとなりました。
ただ「メカ」の部分に関しては最後まで一流にはなれませんでしたし、ソニーが軽んじてきたこのメカニカルな部分こそスマートフォンと写真専用機の差別化を最もはかれる部分でもあります。
そのためこの10年近くカメラ業界、あるいはカメラマニアたちが追い続けてきた、イメージセンサーに代表される「ソニー的進化」とは、結局のところスマートフォンにシェアを奪われ続けるための進化でしかありませんでした。
カメラは現代においても「まずはメカ設計ありき」なのです。
それが分かっていないと、「もう現代のカメラは電気製品」とか「メカや光学より電気技術が大事」というとんでもない勘違いを生んでしまうわけです。全くの素人の考えです。
カメラを作る上では、最終的にはメカ、光学、電気いずれの人材も必要不可欠なのですが、人材の数や十分な知識・経験を積むのに必要な時間、そうしたことを考慮すると、カメラの設計は今尚メカ担当が主導で開発されていかなければいけません。
もちろんこれは「メカ設計の担当者が一番偉い」という意味ではありません。全く違います。「始まりはメカから」という意味です。
どのジャンルの人も必要なのですが、「どういうカメラを作るのか?」というコンセプトはメカ設計の人が主導で行わなければ、良いカメラを作りようがないという意味です。そしてそのメカ設計の人はマーケットまで総合的にみられる人でなければなりません。
つまり、メカの担当であっても只の機械オタクでは駄目で、頭の隅に常に営業的な視点を持っていなければいけません。
- カメラの歴史的知識
- メカ設計の技術力
- 他の部門と連携を取れるコミュ力
- マーケティングの視点
それらを併せ持つような人材は非常に貴重です。
ソニーはそれを分からないまま得意の電気技術主導でカメラを作ってしまっているために、最終的にはカメラマニアたちにそっぽを向かれるでしょう。
そしてソニーは「うちには他の成長産業やサービスが沢山ある、写真用カメラのような将来性のない事業にはそろそろ見切りを…」ということになるように思います。
現時点でも大きな利益をもたらしている事業をいくつも持っているソニーからすれば、写真機としてのカメラ事業などいつでも撤退することができます。
またソニーは「将来性のない事業に趣味で注力し続ける」などということが許されるような小さな会社ではありません。日本を代表するグローバル企業です。
すでに最近のα関連の製品を見るに、ソニーはカメラ事業に対する熱意を失っているようにさえ見えます。
Reported by 正隆