フォトマスター検定の予想問題です。フォトマスター検定勉強法も掲載していますので、参考にして頂ければと思います。
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合格目指してさっそく問題です!
難易度:準1級レベル
問:交換レンズの中には、良好なボケ味を得るために「STFレンズ」「APDレンズ」「DSレンズ」と呼ばれるような特殊な光学系を組み込んだレンズがある。それらのレンズではアポダイゼーション光学エレメントやアポダイゼーションフィルター、デフォーカススムージングコーティングと呼ばれる技術が使われているが、これらはレンズを透過する光量や周辺減光に対してどのような影響をもたらすか?もっとも適切に説明していると思われるものを次の中から選べ。
① APDフィルターやDSコーティングは周辺に向かうほど光の透過率が下がるNDフィルターのような構造となっているため、撮影される画像も同等スペック(レンズ口径や焦点距離やレンズ構成など)のレンズと比較した場合、周辺光量落ちが大きいレンズとなる。
② APDフィルターやDSコーティングを搭載したレンズは同等スペック(レンズ口径や焦点距離やレンズ構成など)のレンズと比較した場合、レンズ全体を透過する光量は1-2段程度減少する傾向にあるが、特に周辺光量落ちが大きいレンズになるわけではない。
③ APDフィルターやDSコーティングを搭載したレンズは同等スペック(レンズ口径や焦点距離やレンズ構成など)のレンズと比較して、レンズを透過する光量も周辺光量落ちも変わらない。
正解はこのあとすぐ!
■正解は②(APDフィルターやDSコーティングを搭載したレンズは同等スペック(レンズ口径や焦点距離やレンズ構成など)のレンズと比較した場合、レンズ全体を透過する光量は1-2段程度減少する傾向にあるが、特に周辺光量落ちが大きいレンズになるわけではない。)
解説目次
- STFレンズやDSレンズで周辺減光が大きくならない理由
- アポダイゼーション光学エレメントやDSコーティングでボケが柔らかくなる原理
- APDフィルターやDSコーティングを搭載してもF値は変わらない
- 透過する光は減少しTナンバーは大きくなる
- 周辺光量落ちの主な原因
1.STFレンズやDSレンズで周辺減光が大きくならない理由
STFレンズやAPDレンズやDSレンズでは、同等スペック(レンズ口径や焦点距離やレンズ構成など)のレンズと比較して、APDフィルターやDSコーティングといった透過率分布素子の影響から、おおよそ1段から2段程度暗いレンズになります。
しかし、同等スペックのレンズと比較して、画面周辺の光量落ちが大きくなるわけではありません。
周辺部に向かうほど透過率が落ちるアポダイゼーション光学エレメントやAPDフィルターやDSコーティングを搭載しているのに、なぜ周辺減光が大きくならないのでしょうか?
それは「レンズを通って結像する光」というのは、
- レンズ中心部を通る光であっても、画面端で結像する光もある
- レンズ周辺部を通る光であっても、画面中央で結像する光もある
からです。
複数のレンズで構成される写真用レンズでも同じことなのですが、分かりやすいように1枚の凸レンズで考えてみましょう。
上の図を見てください。
まず青い線で描かれている、画面中心で結像する光を見てみましょう。
レンズの周辺部を通った光も画面中心で結像していることがわかります。
次に画面周辺部で結像する、赤と緑の線を見てみましょう。
レンズ中心部を通った光も画面周辺で結像していることがわかります。
つまり、レンズは光を屈折させて結像させるわけですから、
- レンズ中心部を通る光だけが、撮影画面の中心部の像になる
- レンズ周辺部を通る光だけが、撮影画面の周辺部の像になる
ということではないのです。
レンズ中心部を通った光がそのまま画面中心の像になり、レンズ周辺部を通った光がそのまま画面周辺の像になるのであれば、光はレンズで屈折せずに素通りしているのと同じになってしまいます。それではもはやレンズではなく「ただのガラス板」です。
ところで、我々がどのように物体を肉眼で見ているかを考えてみましょう。
皆さんは「人間は物体が反射した光を見ている」というのを学校で習ったと思いますが、物体はさまざまな方向に光を反射するために、1つの物体をさまざまな角度から見ることができます。
一輪の花を色々な方向から見ることができるのは、花が様々な方向に光を反射しているからです。
同様にレンズを通して撮影する場合も、物体から発せられた光が様々な方向に反射してレンズに入ってくるため、レンズの様々な位置を透過していきます。
そのため、(絞りを絞っていない場合)撮影画面の中心に結像する光はレンズの中心部を通った光だけではないですし、撮影画面周辺部に結像する光もレンズの周辺部を通った光だけはないというわけです。
これは当然、アポダイゼーション光学エレメントやAPDフィルターやDSコーティングが搭載されたレンズでも同じことで、下の図のようになります。
下の図では、画面中心で結像する光を赤、画面周辺で結像する光は青で描かれています。
2枚の凸レンズの間にある「透過率分布素子」というのが、アポダイゼーション光学エレメントやAPDフィルターやDSコーティングにあたるわけですが、これらの「透過率分布素子」は周辺部にいくほど濃度が濃く光の透過率が下がるようになっており、上の構成図中央部にある透過率分布素子も周辺部ほど濃いグラデーションになっていることがわかると思います。
そのうえで、まずは赤い線を見てみましょう。赤い線は画面中心で結像する光の光路で、撮影画面中心部の像として結像するのですが、先ほどの1枚の凸レンズの場合と同じく、透過率分布素子の中心を通る光もあれば周辺部を通る光もあることが分かります。
同様に、画面周辺部に結像する青い線の光路を見ても透過率分布素子の中心部を通る光も周辺部を通る光もあることがわかります。
光路図の右側にある円形の「透過率分布」の図(右側にある赤から緑へと変わっていく円形の図)を見ても、画面中心部でも画面周辺部でも透過率分布はほとんど変わらないということがわかります。
そのため、アポダイゼーション光学エレメントやAPDレンズやDSコーティングが搭載されたレンズは、同等スペックのレンズと比較して、レンズ全体での光の透過量は減少するものの、周辺減光だけが特に大きくなるということはないのです。
上の写真は作例は、キヤノンのRF85mm F1.2 L USM DSの作例ですが、この作例を見てもわかるように、点光源の輪郭はDSレンズらしく薄くぼやけていく様子が分かりますが、画面中心付近の点光源と画面周辺付近の点光源を比較して、画面周辺部の点光源だけが暗くなったりはしていないということがおわかり頂けると思います。
これは周辺減光が目立ちやすい快晴の青空などを撮影しても同様で、周辺減光そのものはDSコーティングがあってもなくても起きますが、同等スペックのRF85mm F1.2 L USMと比較して、DSコーティングを採用したRF85mm F1.2 L USM DSの方だけが周辺減光がより目立つというようなことはありません。
というわけで、
②「APDフィルターやDSコーティングを搭載したレンズは同等スペック(レンズ口径や焦点距離やレンズ構成など)のレンズと比較した場合、レンズ全体を透過する光量は1-2段程度減少する傾向にあるが、特に周辺光量落ちが大きいレンズになるわけではない。」
が正解となります。
実はこの、
「アポダイゼーション光学エレメントやAPDフィルターやDSコーティングでレンズを透過する光の総量は減るが、周辺光量落ちが大きくなるわけではない」
というのは、レンズの絞りを少し絞るのとほとんど同じ原理なのです。
レンズの絞りを少し絞ると、
- レンズを通る全体の光量は減る
- 画面周辺の光量落ちや周辺画質はむしろ改善される
ということはよく知られたことだと思います。
アポダイゼーション光学エレメントやAPDフィルターやDSコーティングでも同じようなことが起きており、レンズ全体での光の透過量は減るため、T値は大きくなるもの、光学性能的には同スペックのレンズと比較して、APDフィルターやDSコーティングを採用したレンズの方が画質性能はわずかですが上がる傾向にあります。
これはちょうど普通のレンズを、(回折の影響が出ない程度に)少し絞ると画質が改善されることと同じようなことが起きているからです。
ただこうした違いは同じメーカーの同スペックのレンズ、例えば、
などを計測比較すると分かるという程度で、実写作例を見てAPDフィルターやDSコーティングの効果(ボケ味)以外の部分で画質差を判別することはかなり難しいため、あまり気にする必要はないでしょう。
この点に関しては、2019年にデジカメWatchで行われた、RF85mm F1.2 L USMとRF85mm F1.2 L USM DSの開発者インタビューで、キヤノンの開発者である水間章氏(イメージコミュニケーション事業本部 ICB光学開発センター)がこう回答しています。
“インタビュアー(杉本利彦さん):既存のレンズの一部に透過率分布をつけたコーティングをしているというのは新しい発想ですね。ところで、アポダイゼーションフィルターを入れると、レンズ周辺部分を通る光が少なくなって球面収差をはじめ諸収差が抑えられると思いますが、さらにシャープなレンズになるのでしょうか?
水間:ごくわずかかもしれませんが、その通りです。”
実際にMTF曲線で比較しても、RF85mm F1.2 L USM DSの方がRF85mm F1.2 L USMが数値は高くなっています。
RF85mm F1.2 L USM DSのMTF
RF85mm F1.2 L USMのMTF
このように、DSコーティングが搭載されたRF85mm F1.2 L USM DSの方が、RF85mm F1.2 L USMよりも絞り開放時の光学性能はわずかに上がるのですが、実際の写真の見たときにボケ味以外の部分で常人に画質差がわかるようなものではありません。
そのため画質性能を目当てにAPDフィルターやDSコーティングを採用したレンズを選ぶのではなく、独特のなだらかなボケ味に魅力を感じればXF56mmF1.2 R APDやRF85mm F1.2 L USM DSを選ぶのが良いでしょうし、逆に通常のタイプのボケ味が好みであったりT値の小さい明るさを重視するのであれば、通常のXF56mmF1.2 RやRF85mm F1.2 L USMを選ぶと良いでしょう。
2.アポダイゼーション光学エレメントやDSコーティングでボケが柔らかくなる原理
既にご存知の方も多いとは思いますが、折角なので、STFレンズ・APDレンズ・DSレンズといったものがどうして美しい滑らかなボケ味を実現できるのかについても解説していきましょう。
- ソニー:STFレンズ(アポダイゼーション光学エレメント)
- 富士フイルム:APDレンズ(アポダイゼーションフィルター)
- キヤノン:DSレンズ(デフォーカススムージングコーティング)
こうしたレンズに使われている、「アポダイゼーション光学エレメント」や「アポダイゼーションフィルター」や「デフォーカススムージングコーティング」と呼ばれるものが、なぜボケを柔らかくする効果があるのか?
以下の図は、富士フイルムがXマウントのAPDレンズである、XF56mmF1.2 R APDにおける、APDフィルターの原理と効果について解説している図です。
STFレンズやAPDレンズやDSレンズなどでその効果が特に分かりやすいため、作例でもよく使われている点光源を例に、点光源のピントが合っている場合と、前ボケや後ボケになった場合の写り方が図で描かれています。
上の図のように、通常のレンズではレンズの中心を通る光もレンズの周辺を通る光も大きな差がないため、点光源の前ボケや後ボケはボケの円の中心から周辺部までほぼ均一の明るさで写ります。
次にAPDフィルターを採用したレンズで、同じように点光源を撮影した場合の写り方を表しているのが下の図です。
中央付近にあるのがAPDフィルターで、APDフィルターは外周にいくほど光を透過させにくくするグラデーションNDフィルターのような構造になっていることがわかります。
このため前ボケや後ボケなど点光源がボケるようなピント位置にきた時、ボケの輪郭部分となるAPDフィルターの外周部分を通った光は外周にいくほど減光されます。その結果、点光源のボケの輪郭部分の光が薄くなるわけです。
また、ピントが合っている部分では像の周辺がボケることはありません。
STFレンズもAPDレンズもDSレンズも、
- 光学エレメントで行うか
- フィルターで行うか
- コーティングで行うか
といった違いはあるものの、基本的な原理は同じで、同様の効果を得ることができます。
これら「透過率分布素子」の実物の見た目は上のようなものです。
上の画像は、ソニーのSTFレンズ、FE 100mm F2.8 STF GM OSSに搭載されているアポダイゼーション光学エレメントです。
このように、STFレンズやAPDレンズやDSレンズはこうした透過率分布素子を絞り付近に搭載することで、レンズ周辺部を通る光を減光しボケの輪郭部を薄めることで、
- なだらかなボケかた
- ボケ像同士の境界が溶け合うような描写
といった美しいボケ味を実現しています。
3.APDフィルターやDSコーティングを搭載してもF値は変わらない
先ほど解説したように、アポダイゼーション光学エレメント(APDフィルター)やDSコーティングではレンズ周辺部にかけて濃度が濃くなるNDフィルターのような原理によって、レンズ周辺部の光の透過量を減らしていますが、この度合いは各社の考え方で多少の違いがあります。
減光度合いを増やせばその分ボケの輪郭はより薄くなるため、通常のレンズとのボケ味の違いがより明確になりやすいのですが、同時にレンズを透過する全体の光量も減ってしまいます。つまり「暗いレンズ」になってしまうわけです。
しかし、よく知られているレンズの「F値」は、
- F値=焦点距離÷レンズ有効口径
で計算されるため、アポダイゼーション光学エレメントやAPDフィルターやDSコーティングの影響は計算には含まれません。
つまり、レンズを透過する光の量が減ってもF値は変わりません。
例えば、F1.4のレンズにAPDフィルターなどを搭載しようがしまいが、F1.4のレンズはF1.4ですし、ボケ量も同じとなります。変わるのはボケ量ではなく、ボケ味のほうというわけです。
しかしAPDフィルターやDSコーティングなどで減光されるため、レンズを透過する光の量は減少します。
これは例えてみれば、一般的なレンズにND2のフィルターを付けたりはずしたりした場合、NDフィルターをつけた時のレンズの光量は1/2になるため、絞りやシャッタースピードの設定が同じであれば、同じ露光量にしようと思うと、ISO感度を倍にする必要があります。
同様に、アポダイゼーション光学エレメントやAPDフィルターやDSコーティングではレンズ全体を透過する光量は減ることになります。
4.透過する光は減少しTナンバーは大きくなる
そうしたレンズの実質的な明るさを表す指標が、シネマレンズなどでお馴染みの「T値」となるわけです。
アポダイゼーション光学エレメントやAPDフィルターやDSコーティングを採用したレンズでは、同等スペックの通常のレンズよりも透過率が下がるためF値とT値の乖離が通常のレンズより大きくなります。
そのため問題文の選択肢③は「レンズを透過する光量も変わらない」となっているため不正解となります。こうしたレンズではレンズ全体を透過する光量は低下するからです。
STFレンズやAPDレンズやDSレンズで実際にどの程度「T値」が大きくなるかは設計次第で変えることが出来ますが、ボケ味に対する効果と減光量のバランスを考慮しながら開発され、おおよそ1段から2段の程度で減光する範囲で抑えられるように設計されます。
例えば、同じレンズ構成でDSコーティングの有無だけの違いとなるキヤノンの、
- RF85mm F1.2 L USM(DSコーティング無し)
- RF85mm F1.2 L USM DS(DSコーティング有り)
この二つのレンズの場合、DSコーティングを採用しているRF85mm F1.2 L USM DSは、RF85mm F1.2 L USMとF値はF1.2で同じですが、絞り開放時にはRF85mm F1.2 L USM DSの方が「約1⅓段分暗くなる」とキヤノンは公式に発表しています。
「絞り開放時には」という注釈が付くのは、絞りを絞っていくと、DSコーティングを施しているレンズ周辺部を透過する光が徐々に使われなくなるため、DSコーティングの効果もなくなり、T値も徐々にDSコーティングを使用していないRF85mm F1.2 L USMとの差がなくなっていくためです。
DSコーティングの影響が減少していくのですから、ボケ味の差も絞るほどなくなっていきます。
ちなみに絞り開放時のT値に関しては、RF85mm F1.2 L USMのT値はおよそT1.4なのですが、RF85mm F1.2 L USM DSのT値はそれより約1⅓段分暗くなるのですから、RF85mm F1.2 L USM DSのT値は、T2.2程度であることがわかります。
つまり、絞り開放時のF値とT値の数値はおおよそ、
- RF85mm F1.2 L USM:F1.2:T1.4
- RF85mm F1.2 L USM DS:F1.2:T2.2
ということになります。
5.周辺光量落ちの主な原因
というわけで、こうした透過率分布素子を搭載したレンズでは、
- レンズ全体では、おおよそ1-2段程度暗いレンズとなることが多い
- しかし同等スペックのレンズと比較して周辺光量落ちが大きくなるわけではない
ということになります。
ちなみに一般的に画面の周辺が暗く写る「周辺減光」が起きる主な要因としては以下のようなものがあります。
- イメージセンサー周辺部は光が斜めに入ってくる影響
- コサイン4乗則による影響
- レンズの口径食による影響
こうしたものがあります。
それぞれを詳しく解説していると長くなるので、別途お調べいただければと思います。
ちなみに、1と2に関しては「虹色の旋律」さんというカメラ系サイトの方が、非常に分かりやすく素晴らしい解説をしてくれているので、そちらの解説をご覧いただいた方が良いと思いますのでリンクを貼らせていただきます。
- フィルムとデジタルだとデジタルの方が周辺光量落ちが大きい:イメージセンサー周辺部の入射光についての解説
- コサイン四乗則とは:コサイン4乗則についての解説
3.の「レンズの口径食による影響」に関しては、Wikipedia(口径食)でも解説されていますし、他にも解説しているサイトが沢山あると思いますので適当に検索していただければと思います。
というわけで今回は、「STFレンズ」「APDレンズ」「DSレンズ」といったレンズの、
- ボケ味がなだらかになる原理
- レンズ全体での透過光量への影響
- 周辺光量との関係
などについて説明させていただきました。
Reported by 正隆