皆さんこんにちは。
昨今ではミラーレスのフラッグシップ機(ソニーα1やニコンZ 9)を巡って、「フラッグシップ機はバッテリーグリップ一体型が良いのか?分離型が良いのか?」について語られることが増えています。
またキヤノンはEOS R3で久しぶりに3シリーズを復活させるようで、こちらは後にフラッグシップのEOS-R1が控えていると思いますが、3シリーズからすでに一体型を選択したようです。
このフラッグシップは一体型か?分離型か?という議論は今に始まったことではなく15年以上も前にもあったのですが、カメラマニアがある程度入れ替わったのか、報道やスポーツ用のフラッグシップ機の主流がバッテリーグリップ一体型になっていった経緯を知らない世代が増えてきていると思います。
目次
- バッテリーグリップ一体型のメリット
- 一体型の方が後付けバッテリーグリップより操作性が良い
- 一体型の方が剛性感に優れる
- 一体型の方が重量バランスが良く長時間の操作で疲れない
- 一体型の方が防塵防滴性を上げられる
- 一体型の方が排熱性に優れる
- 一体型の方がバッテリーの持ちが良い
- バッテリーグリップ分離型のメリット
- 分離型の方が携帯性に優れる
- そしてフラッグシップは一体型になった
- 結局、報道やスポーツ撮影では分離型より一体型の方がメリットが圧倒的に多い
15年以上も経ってまた同じ議論をしているのは本当に時間の無駄だと思うので、今回はフラッグシップ機(報道用・スポーツ用のプロ機)の主流が一体型になった理由についてまとめておきたいと思います。
■バッテリーグリップ一体型のメリット
1.一体型の方が後付けバッテリーグリップより操作性が良い
まず操作性についてですが、バッテリーグリップ分離型のカメラにバッテリーグリップを後付けしたとしても一体型のカメラと同等の操作性にはなりません。
こういう初歩的なことが分かっていないと、「分離型はバッテリーグリップを後付けする選択肢がある上位互換」と勘違いしてしまうわけです。
例えば、キヤノンのフラッグシップ機EOS-1D X Mark IIIとフラッグシップ機ではないEOS R5にバッテリーグリップBG-R10を追加したものを比較してみましょう。
ボタンの配置、ダイヤルの大きさ、情報表示の豊富さなど、一体型のEOS-1D X Mark IIIと分離型のEOS R5にバッテリーグリップを後付けしたものは同じにはならないということがお分りいただけると思います。
一体型の方はバッテリーグリップとの接続部分がないので背面を有効活用し、より大きなダイヤルを配置できていますし、横位置撮影でも縦位置撮影でもボタンやダイヤルのレイアウトがほぼ同じになるように配置できています。
対して、分離型では操作部や表示レイアウトを横位置と縦位置で統一させることが出来ません。
背面のサブ電子ダイヤルの位置などを見てもらえばわかりますが、EOS-1D X Mark IIIは横位置でも縦位置でもグリップした状態の親指の左下にサブ電子ダイヤルが来るように統一できています。またダイヤル自体も大きいので左下にスッと指を動かすだけで撮影位置に関わらず操作できます。
対してEOS R5+BG-R10では、横位置ではサブ電子ダイヤルは下に、縦位置では左にきます。つまり、横位置グリップと縦位置グリップを使用した時にサブ電子ダイヤルの位置が変わってしまいます。同様にマルチセレクターの位置も横と下で異なります。
これでは横位置撮影時と縦位置撮影時で操作感が変わってしまうというわけです。
また一体型の方はつなぎ目がないことを生かしてより多くの操作部を配置することが出来ます。
つまり理由の1つは、分離型のカメラにバッテリーグリップを後付けしても、一体型と同等の操作性は得られないからという点にあります。
2.一体型の方が剛性感に優れる
当たり前のことですが、バッテリーグリップと三脚穴で連結させる分離型より、最初から一体になっている方が剛性感が高く、持った時カッチリとした感触があります。タフな環境での撮影やカメラの扱いが荒くなりがちな報道やスポーツ撮影の現場では一体型の堅牢性も撮影者に安心感を与える大きな要素となります。
3.一体型の方が重量バランスが良く長時間の操作で疲れない
この重量バランスというのは、縦位置と横位置を切り替えながら撮影する際に影響してくるもので、分離型はバッテリーグリップとの連結部があるため、カメラボディの底面とバッテリーグリップの上面という2つの面が必要になり、どうしてもバッテリーの搭載位置が一体型と比較してレンズマウントから離れる形になってしまうことが原因にあります。
そのためボディの重心が下に偏ることで、横位置から縦位置に動かす時や縦位置を維持し続ける際に一体型よりも余分な力が必要になります。
レンズマウント位置と、縦位置グリップまでの距離が一体型よりも離れてしまうため、回転させる時に余分な力が必要になるために起きることなのですが一般の人ではあまり分からないかもしれません。
しかし、一日中撮影するような人にとって分離型のカメラははこの縦位置の重量バランスの悪さで疲労しまうのです。
分りやすいところでいうと、ソニーのαシリーズはバッテリーグリップ内部でバッテリーそのものが横ではなく縦に入ります。
こういう形で入るため、分離型はただでさえマウントから離れたところにバッテリーという重量物が置かれる上、αシリーズでは尚更重量物がマウント部分に集まらず下に偏りやすくなります。
先日開発発表されたバッテリーグリップ一体型フラッグシップ機であるニコンZ 9とバッテリーグリップ分離型のソニーα7R IVにバッテリーグリップVG-C4EMを追加した状態を比較してみましょう。
Z 9
Z 9のレンズマウントがボディ中央付近にあって縦位置でも横位置でもバランスが崩れないのに対し、α7R IV+VG-C4EMはレンズマウントが(バッテリーグリップを搭載した状態の)カメラの中心から大きく上にずれてしまっていることが分ります。
もちろんこれはフラッグシップ機であるα1でも同様です。
そのためレンズマウント縦位置を切り替える際に余分な力が必要になるので、どうせバッテリーグリップを付けて使うような報道やスポーツ撮影では「一体型の方が楽」なのです。
しかしここで気を付けなければいけないのは、「一体型ならなんでも良い」ということではないという点で、こうした点を理解せずに作ってしまうと一体型でも縦位置と横位置の重量バランスは大きく崩れてしまいます。
例えば、オリンパスのOM-D E-M1Xなどがそうなのですが、
一体型であるにも関わらず、マウント部分がボディ全体の中で右上にズレてしまっています。これでは分離型同様にやはり縦位置横位置を変えるときに余分な力が必要になってしまいます。
なぜこういうことが起きるかと言うと、カメラはグリップ側には様々な機構を搭載しやすいのですが、逆にグリップの反対側は使い難いスペースになりがちなのです。
今のデジタルカメラではそのグリップの反対側でさえデッドスペースと呼べるような余裕はないのですが、特に縦位置グリップとのバランスを意識せず設計しやすいからと内部機構を配置していくと、一体型であってもバランスは崩れてしまい結果縦位置グリップはレンズマウントからどんどん離されていくというわけです。
一体型ボディは分離型より内部スペースは広いものの、だからと言って一朝一夕に優れた一体型ボディを設計できるというような甘いものではなく、カメラを散々作ってきたオリンパスの開発者でも一体型ボディの開発経験が少ないと気付けないことが沢山あるわけです。
「でもプロカメラマンの意見を参考にして開発しているのに?」と思われるかもしれません。しかしそもそもプロフォトグラファーというのは「撮影のプロ」であって、「開発に的確な助言をするプロ」ではありません。
そのため言語化して「こうでこうだから、こう作って欲しい」と明瞭にアドバイスができるフォトグラファーというのは全体の中でほんの一握りしかいません。
さらに厄介なことに(撮影が)一流の人でもカメラの構造を深く理解しないまま、感性で「なんとなく使いやすい」とか「自分に合っている」という理由で機種やメーカーを選んでいたりするので、一流のフォトグラファーに聞けば的確な意見が聞けるという訳でもないのです。
もの凄く良い写真を撮るのにカメラには全然詳しくないというフォトグラファーもいれば、私のように写真は下手だけどカメラには割と詳しいというタイプもいるわけです。
なので良くカメラメーカーが「プロの意見を参考に…」という売り文句を言うことがありますが、フォトグラファーの要望や感覚的な部分を開発に的確に反映させるというのは、そんなに簡単なことではないのです。開発者にとってもフォトグラファーにとっても。
オリンパスの場合は一体型ボディの開発経験不足であること、プロに意見を聞こうにもオリンパスを使っているプロは元々オリンパスの小型軽量コンセプトに惹かれて使っているフォトグラファーが多いため、そうした人たちに一体型ボディへの要望をヒアリングしても使用経験が少ないので的確なアドバイスはなかなか得られないでしょう。
結局のところ「一体型は一体型でシリーズ化して作り続けなければやはり良いカメラに仕上げることが出来ない」というわけです。
この章の最後にボディの中心とレンズマウントのズレを、
- 一体型の経験が浅いオリンパスのOM-D E-M1Xの場合
- 分離型のソニーα1にVG-C4EMを追加した場合
- バッテリーグリップ一体型ミーラレスEOS R3の場合
- 一体型の経験豊富なキヤノンのフラッグシップEOS-1D X Mark IIIの場合
- 同様に経験豊富なニコンのフラッグシップD6の場合
とで比較してみましょう。
こちらは明らかに右上にズレており、ボディの中心から外れています。
左右方向フルサイズとしてはかなり頑張っていますが、上にズレています。
3.EOS R3
右にズレていますが、上下方向はマウントがボディ中心に近づいてきました。
右にズレていますが、上下方向はマウントが中心にバッチリあっています。
5.D6
キヤノンと同様に右にズレていますが、やはり上下は良く合っています。
分離型ボディにバッテリーグリップを後付けした場合や、一体型の経験が浅いオリンパスのOM-D E-M1Xと比較すると、明らかにEOS-1D X Mark IIIやD6の方レンズマウントがボディ中心に近く全体の均整がとれています。
これであれば大口径超望遠レンズの三脚座を軸に、横位置撮影と縦位置撮影の切り替えを長時間繰り返すような撮影もやりやすいというわけです。
この重量バランスがどうこうというのは、かなりの枚数を頻繁に撮影する人にしか分からない世界ですが、そもそもそういう人のために作られるのがフラッグシップ機です。
4.一体型の方が防塵防滴性を上げられる
当たり前のことですが余分な連結部がない分、一体型の方がジョイント部から水が染み込んだりしにくく防塵防滴性が上がります。
横位置撮影時は多くの場合雨や雪は上からカメラにかかるわけですが、
このように縦位置撮影にした場合には、分離型のつなぎ目は上になるので一体型と比較して雨や雪の影響を受けやすくなります。
5.一体型の方が排熱性に優れる
これは昔はあまり問題にならなかったことなのですが、昨今の4Kや8K動画撮影などで特に問題になっていることで、一体型は内部にスペースがあるので熱源同士を離して配置できるとか、表面積が大きくなるので熱を逃しやすいというのもあるのですが、内部スペースが大きいことを利用して、放熱のためのヒートパイプや冷却ファンの搭載が可能になります。
分離型でもそうした放熱の工夫や装置を組み込むことは可能なのですが、小さければ当然そうした仕掛けに制限が生じやすく、小さいファンしか搭載できないとか、小さいヒートシンクのシステムしか搭載できないことになります。
シネマカメラなどではスチールカメラよりも奥行きがあるため割と冷却ファンを搭載しているモデルがあるのですが、スチールカメラでは搭載しづらい機能です。
これはボディが大きければ別にバッテリーグリップ分離型でも可能なことであるため、例えばパナソニックのLUMIX S1Hなどはバッテリーグリップ分離型でも大柄のボディを生かして冷却ファンを搭載することは可能です。
しかし冷却ファンにせよヒートシンクにせよ、同等機種よりも大きなカメラの方が排熱において、色々な点で有利であることは変わりません。
6.一体型の方がバッテリーの持ちが良い
バッテリーグリップ一体型のカメラのバッテリーは、分離型のように小さいバッテリーを2個搭載するのではなく、大容量の専用バッテリーを搭載します。そのため、バッテリーの持ちが変わってきます。
一眼レフとミラーレスではシステム自体で差が出てしまうので、同じメーカーの一眼レフ同士で、
- 一体型ボディに大型バッテリー1個を搭載
- 分離型ボディにバッテリーグリップを後付けし小さいバッテリーを2個搭載
この2つのケースで、撮影可能枚数がどう違ってくるか比較してみましょう(撮影条件はいずれもファインダー撮影時のメーカー公称値となっています)。
機種 | EOS 5D Mark IV | EOS-1D X Mark III |
バッテリー | LP-E6N | LP-E19 |
撮影可能枚数(1個) | 900枚 | 2,850枚 |
撮影可能枚数(2個) | 1,800枚 |
このようになります。
やはり分離型ボディにバッテリーグリップを後付けして小型バッテリーを2個搭載するよりも、一体型ボディに専用の大型バッテリーを搭載した方が撮影可能枚数が増えます。
一眼レフは元々バッテリーの持ちが良いので1,800枚でも2,850枚でも十分という方は多いでしょうし、これはCIPAに準拠した枚数なので実際はこの何倍も撮影が可能です。
しかし、一眼レフよりもバッテリーの消費が早いミラーレスで、報道やスポーツの分野で膨大な連写を行う時代になれば、やはり撮影可能枚数は多いに越したことはないでしょう。
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■バッテリーグリップ分離型のメリット
1.分離型の方が携帯性に優れる
あくまでも「バッテリーグリップを付けない」という前提ではありますが、バッテリーグリップ分離型ボディのメリットは「小さい、軽い」。これに尽きるでしょう。
これはこれで大きなメリットですから、「荷物を小さくしたいとか」「軽い方が助かる」という撮影では、バッテリーグリップ分離型カメラの方が適している場合も当然あるわけです。
とえいえ、例えばジンバルやドローンに搭載したいといった意味ではフラッグシップ機を分離型にして流用するより、それに適した(ソニーのFX3のような)カメラを別途開発するべきでです。
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■そしてフラッグシップは一体型になった
結局、報道やスポーツ撮影では分離型より一体型の方がメリットが圧倒的に多い
分離型のカメラにも「携帯性」という大きなメリットがあります。
しかし逆言えば一体型と比較して分離型には「小さい、軽い」という以外のメリットはほとんどないということです。
ゆえに、バッテリーグリップ一体型の、
- 後付けよりも縦位置撮影の操作性に勝る
- より堅牢で剛性感が高い
- 長時間の縦位置撮影の身体的負担が少ない
- 防塵防滴性能が高い
- 排熱性に優れる
- バッテリーの持ちが良い
といった幾つものメリットと、分離型の「携帯性」というメリットを比較して、報道やスポーツ撮影の現場では(どうせバッテリーグリップが必要になるのですから)一体型のメリットの方が圧倒的に勝るということで、長年にわたって報道やスポーツ用のフラッグシップ機には、キヤノンもニコンも一体型を採用してきたとわけです。
これは今後ミラーレスが報道やスポーツ撮影の主流になっても同様です。
なのでフラッグシップ機が一体型になっていったのは、一言で言うと、
(報道やスポーツの)プロの多数派が一体型を求めているから。
というだけのことなのですが、その歴史を知らないカメラマニアやレンズ交換式カメラ業界に新規参入してきたメーカーが出てきたことで、ずっと昔に終わった話を蒸し返して喧々囂々と言い合っているのです。
ご存知のようにフィルムカメラ時代は報道用カメラでも分離型であった時代もあったわけですから、その後フラッグシップ機の主流が一体型になっていったのは「カメラの進化の歴史」そのものであり、今後余程のことがない限りは変わらないでしょう。逆にそれがあれば変わる可能性はあると思います。
その歴史を嫌というほど知っているニコンはミラーレスでもフラッグシップ機となるZ 9を一体型にしてきました。また、キヤノンもEOS R3同様おそらくEOS-R1も一体型にしてくるでしょう。
そもそもどのメーカーもラインナップのうちの多くの機種は分離型なのですから、携帯性を重視する人はそれらの中から選べば良いだけのことだと思います。
Reported by 正隆